最近じゅうだいめのご様子がおかしい………。
俺があのかたのお誕生日に想いを伝えてから早4ヶ月。
クリスマスあたりにはお返事が聞けるかなぁと
ひとりハラハラしながら年末を迎えた俺は、
いつもと変わらぬ賑やかなクリスマスパーティをじゅうだいめやリボーンさん達(以下略)と過ごし、
年始も同じメンツでボンゴレ式に賑やかに迎え、
特に目立った変化も無いまま、俺は今日のこの日を迎えていた。
(………いや、何の変化も無かった訳ではない……。
と、思う。……正直なところ。)
例えばそれは、何気ない日々の中で起こったこと。
いつも通り、朝のお迎えに上がった俺に、ちょっと頬を赤らめながら優しい笑顔を向けてくださったこと。
普段買い弁しかしない俺のために、お母様特製のお弁当を用意してくださったこと。
学校帰り、いつもならすぐにさよならなのに、
『――…よかったら、上がってく…?』
と、恥ずかしそうにしながらも、お声を掛けてくださったこと。
一緒に宿題もした。
ゲームもした。
時にはガキの子守だって、じゅうだいめとなら嫌じゃなかった。
お夕飯に呼ばれることも、以前に比べたら格段にふえた。
おうちにお邪魔したその流れで、和気藹々とした食卓を囲む。
一日の大半をじゅうだいめと共に過ごした。
俺からすれば、こんなに幸せなことは今まで無かった。
そして夜も更け、いよいよさようならと言う時、
じゅうだいめはいつも俺を気にかけて、お優しいお言葉を掛けてくださった。
『…あのさ、ごくでらくん。
毎回言ってるけど…、ホント泊まってってもらってもいいんだよ…?
……もう遅いし、うちだって君が寝る布団くらい用意できるのに……!』
上目遣いで俺を見上げたじゅうだいめ…。
………ぶはぁっ!!!
…思い出すだけでこの破壊力…。
もちろん泊めていただいたことは、まだあるわけも無い。
じゅうだいめのお優しい親切心を、
煩悩の多い俺は素直に受け取ることが出来ない…、のだ。
…………あぁ、無念。
そんなこんなで、今までで一番、じゅうだいめとの親密な時間を過ごさせて頂いていた、ある日の放課後…。
いつものようにじゅうだいめをお誘いして帰ろうと
HR中教師の長ったらしい話を右から左へと流しつつ、
チャイムと同時に彼の人の机へ駆け寄った俺は
「あっ、ごくでらくん。
ごめんね、俺今日は用事があって一緒に帰れないんだ…!
だからまた明日ね!」
そう一気にまくし立てて、大急ぎで教室を出て行った主に、
どうしたんですかとお声を掛ける暇も無く、
その場に置いてけぼりをくらってしまったのだった…。
それまで一日のほとんどを彼の人のお隣で過ごすことを許されていた俺は
主がどこに行かれたのか、誰と会われているのか、そんなことも分からない事実にショックを覚えながらも、
「じゅうだいめはお忙しくていらっしゃるから…」と自分自身の感情をどうにか抑え込んだのだ……。
しかし、それから4日が経過した2月10日の金曜日。
じゅうだいめの不審な行動はそれからも毎日続いていた。
日中は特に変わりはないものの、夕方になると次第にそわそわとした様子になり、
チャイムと同時に教室を出ていかれる。
今日の昼休み、じゅうだいめと弁当をご一緒させていただいていた時に何気無〜く、
「最近お忙しいんですね……。
もし俺でよろしければ、お手伝いいたしましょうか」
と、ひきつりそうになる笑顔をどうにか持ち堪えさせながらも申し出てみたのだが、
「う、…ううん。
だいじょうぶ、なんでもないんだ…!
心配してくれてありがとうね」
…と、ほんわかと優しい笑顔で拒否されてしまったのだった………。
はぁぁ…、じゅうだいめ。いったいどこに行かれていらっしゃるんですか……!
ご自宅に帰られているのかと、昨日お宅にも伺ってみたが、
お母様とリボーンさんがいらっしゃっただけで、じゅうだいめはご帰宅なさっていなかった…。
商店街もブラブラするふりをして何度か見回ってみたが、それらしい姿を発見することは出来なかった。
俺は寒風の吹きすさぶ屋上に出て、タバコを一本くわえた。
今は授業中で、じゅうだいめは六間目の授業を受けていらっしゃることだろう。
最近では授業をサボることもほとんど無くなったが、どうにも落ち着かずに、ふらりとひとり出てきてしまった。
(じゅうだいめ、心配されていらっしゃるかな……)
いくら想いを伝えた相手とは言え、俺はあの方の部下なのだ。
独りで行動されるのは危ない、あなたの安全を確保する為だと理由を付けたとしても、
本人が知られることを拒否していらっしゃる訳だし、プライベートにこれ以上探りを入れることは許されないだろう……。
一体俺はどうすればいいのか…。
いつになったら、じゅうだいめは以前のように俺の方を見てくださるのか……。
こんなことを考えてしまうあたり、ずいぶんと自惚れているなぁと笑ってしまう。
恋人でも何でもないのに、自分を見てほしいなんて…………。
厚かましいにも程がある。
『キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン』
六間目の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
今日は六間目を担任が受け持っていた筈だから、恐らく簡単な連絡事項だけでHRはすぐに終わるだろう…。
(ここにいればじゅうだいめのお帰りになる姿が見られるだろうか……)
そんなことを考えながらフェンスに寄りかかって校庭を見渡す。
さびしい色合いの、茶色と灰色の風景。
(…マフラーを持ってくればよかった)
2月の屋上は、雪の降りそうなどんよりとした雲の下、体が芯から凍ってしまいそうなほど冷え込んでいる。
冷たい北風に当たって鼻がムズムズとしてしまい、小さくくしゃみをした、――とその時、
背後にある鉄の扉が、重く音を立ててゆっくりと開いた。
「――よぉ、やっぱここだったのな〜。
そんな薄着じゃ風邪引くぜ〜?」
けらけら笑いながら扉から現れた山本は、
俺の机に突っ込まれていたはずの黒いマフラーを、ひょいっと投げてよこした。
「……余計なお世話だ」
俺は悪態を付きつつも、ありがたくそれを頂戴して、首にささっと巻き付ける。
「――じゅうだいめはどうされたんだ。一緒じゃないのか?」
「ん? あぁ、ツナ? 今日も用があるとかで急いで帰ってったぜ」
そこから見えんじゃねぇの。と指差された方を振り返れば、
ちょうどじゅうだいめが校庭に出てこられたところだった。
「…あっ、じゅうだいめ…」
カシャンと音を立ててフェンスが軋んだ。
急ぎぎみに駆けていくそのひとは、こちらを振り返らない。
俺はその小さくなっていく背中をただじっと見つめていた。
いちどでもいいから俺を見てくださらないだろうかと、なかば祈るように視線を送っていると、
あと少しで校門をくぐるというところでその背中がピタリと止まり、
くるりとこちらを振り返った。
「……えっ…?」
そしてまっすぐに射抜かれる。
彼の綺麗な琥珀色のひとみに。
俺は背筋がぶるりと戦慄くのを感じた。
まるで想いが通じたようだと思った。
心が歓喜して震えている。
顔がほかほかとあつくなった。
あぁ、俺はこんなにもこの人に心底惚れ込んでいるんだなぁと
こんなときに思い知らされる。
きっと熟れたように赤くなっているであろう俺の顔を、その人はまばたきもせずにじっと見ていたかと思うと、
くしゃりと表情を崩して優しく微笑んだ。
そしてちいさく手を振ってくださる。
(…あぁ、お顔がすこし赤いですよ、じゅうだいめ……)
おそらく彼の位置からはHR中の他の生徒が見えていて、
恥ずかしげに手を振る彼を、興味本位に教室から眺めている者がいるのだろう。
彼の人は目立つのを嫌うから、きっと普段なら、こんなことはしてくださらない。
「…おい、手ぇ振らねぇのか?
振ってやれよ、ツナめっちゃ恥ずかしそうじゃん。
ホラっ――!」
「げっ!! やめろ野球バカ!!
手がちぎれんだろ〜がっ!!!」
「あははは、ツナ笑ってんのな。
じゃ〜な〜!!気をつけて帰れよ〜〜!!」
「っ、あはははじゃねぇ…!いい加減はなせバカっ!
…………、クソッ……、
―――じゅーだいめー!!お気をつけて〜!!」
怪力バカの手の内から、息も絶え絶えに抜け出した俺は、頬を染めて微笑む彼に向って
声の限りに叫びながら大きく手を振った。
すると彼は、「ぼふん」と音がしそうなほど顔を真っ赤に染めて、
恥ずかしそうな笑みを浮かべたまま小さくひとつ頷くと、急ぎ足に校門の外へと走り去って行った。
そんな些細なひとときを俺は心に刻みつけながら、そのひとの消えた方角から
しばらく目が離せなかった。
「――よかったな。
何悩んでんのか知らねーけどさ、そばにいれるときはちゃんとそばにいてやれよ。
お前がそんなだったら、ツナだって不安になるだろ?」
「……………」
「…あっ、それとツナから伝言。
来週の火曜日の夜、お前んち行ってもいいか、だってさ」
「!? はぁっ?
じゅうだいめが本当にそうおっしゃったのか……!?」
「あぁ、そうだぜ。
――それにしても、火曜にお前となんて…、ツナもなかなか乙女だよなぁ……!
お前もそう思わねぇ?」
「……………?」
「おいおい、来週の火曜って言ったらバレンタインだろ?
ツナ、お前にいろいろと用意してんじゃねーの?」
「…………はっ、じゅうだいめが、俺に…?
っんなこと、あるわけねーだろーが……」
「――ぷっ。
獄寺って、ホントへんなとこ遠慮しいだよなぁ〜!
俺、お前のそーいうとこ、嫌いじゃねーぜ?
……でもさ獄寺。お前もっとツナのこと信じてやれよ。
お前がツナの前から姿をくらましてた時、ツナはずっと信じて待っててくれたんだろ……?
―――とりあえず伝えたからな、俺。
じゃ〜な、部活行くわ。あんま悩むなよ!」
言いたい事だけ言ってしまうと、山本は振り返りもせず、さっさとドアの向こうへと消えて行った。
(………信じろか…。
そうだな。俺は何を疑ってんだろうか……。
不安に思うことなんて、少しも無い筈なのに……)
山本のヤローに励まされるなんて、俺も大概どうかしてるよな……。
ふと、口もとに笑みがうかぶ。
短くなったタバコを地に落とすと、ざりっと音をさせて踏み消した。
じゅうだいめのいないところになんか用は無い。
(さっさと帰るか。
―――いや、花束でも予約しに行って来るかな……。
バレンタインの夜にじゅうだいめとふたりっきり………、ふたりっきり……!!?
あぁ、なんか緊張してきた…。
と、とりあえず、うまいもんでも用意しとくか…!)
ほんの数十分前には考えられないほど落ち込んでたと言うのに、恋する男は単純だ。
相手の出方でこんなにも気持ちを左右される。
俺は屋上を後にすると、軽い足取りで商店街へと足を向けた。
つづく